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第2講 実用性の洗礼

更新日:2019年3月1日

知らない言葉に出くわすと、皆さんはどうされますか。今ならネットやスマホで "ググる" のが定石でしょう。でも、それは先人達が生み出し蓄積した尊い「情報資産」にアクセスする手法、端末の使い方の表現です。行われている本質は「情報資産」の活用です。

シティにそびえるバロック様式のセント・ポール大聖堂(St Paul's Cathedral)です。17世紀の建築家クリストファー・レン(Christopher Wren)の代表作で、1981年にチャールズ王太子とダイアナ元妃の結婚式が挙行されました。

直径3mの英語

確か、ウェールズだったと思います。建設機械の技術指導で現場に赴いた先輩にお供しました。英語学校に通わせていただいていることから、入社1年目とはいえ先輩日本人技術者の通訳も兼ねた鞄持ちです。


休憩時間の中で飲み物の "フタ" は無いかという話になりました。"フタ"?、はてさて英語で何と言ったっけ?。"リッド(lid)"、この簡単な3文字の単語が出てきません。大学受験のための英語はそこそこできましたが、難しい用語や文法に偏るきらいがあり、かえって身近で日常的な英単語が抜け落ちていたのです。広げた両手が届く範囲の英語です。


現場を離れる時、「掃除をするぞ!」となり、"ほうき" と "ちり取り" は無いかと聞かれました。しかし、現場監督に英語で尋ねられません。何故なら両語とも受験用の英単語ではありませんから。それに当時スマホはなく、"ググる" こともできません。身振り手振りを駆使すると、「ブルーム(broom)ね、ダストパン(dustpan)ね」と英語で返してくれました。


シティの隣、ウェストミンスター地区のトラファルガー広場です。ナショナル・ギャラリーを背に立つネルソン提督の記念碑は、台座に4頭のライオン像を従えます。三越百貨店のライオン像のモデルと言われています。

自分だけの用語集

日常的に複数の辞書を愛用していましたが、その日から、ロンドンのRymanという大手文房具チェーン店で買った小さなメモ帳に、実生活の中で日々遭遇した未知の英単語や慣用句を記録していくことにしました。


封書の手紙やファックス(当時Eメールは無かった)に記す文言に関しても、現地採用の英国人(通訳とエンジニアが居た)が送る文書をもらってファイリングし、日々の業務を通じて実用的な英語表現を学んでいきました。


教科から実技へ

思い返せば受験生当時、定番の受験本『試験に出る英単語』を丸々1冊暗記したものです。私にとって英語とは "教科" であり、"試験科目" の一つに過ぎませんでした。


幕末から戦前にかけ、先達が築き上げた日本の英語教育には敬意を払っていますが、学校の "教科" から仕事の "実技" へと昇華させるには、学習の目的を "知識の習得" から "情報の伝達" へと切り替え、実用性を高める必要があります。


一期一会の学習法

私の受験用英単語学習が不十分だったとして、例えば英和辞書の膨大な英単語を憶えてしまえばいいのでしょうか。考えてみてください。一体どのくらいの時間が必要になりますか。そして、憶えた単語に人生の中で遭遇する機会(確率)はどのくらいありますか。


人間は一生勉強ですが、同時に人生には時間の限界があります。特に仕事なら、時間対効果、労力対効果、費用対効果に留意しなければなりません。"教科" は習得することが目的ですが、"実技" は使うことが目的です。だったら、人生の中で既に出くわした英語(単語、文法、慣用表現)から確実に習得すればいいのです。「出会った実績=出会う確率100%」なのですから。一つ一つの経験と知識を、自分の財産として蓄えていく訳です。


「情報資産」の誕生

入社して数年も経てば、海外駐在員の後輩を持つようになります。元々自分のために始めた単語集作成でしたが、実務を通じて得た高い実用性がある限り、個人の知識として囲い込むのはもったいない話です。そこで、とある機会にそれらの英語表現を「専門用語集」としてまとめ、現地の後輩日本人社員や、本社の海外事業担当社員らと情報共有を図りました。


実践経験を通じて集約・蓄積・体系化した情報を、横に共有し縦に継承する「情報資産」の誕生です。私はその後数々の「情報資産」に携わりますが、これが社会人になって初めての "典型的" な「情報資産」だったかもしれません。


特定の分野や事柄は変わらなくても、携わる人物は代わっていくものです。その都度新しい人物がゼロから始めるようでは、いつまで経っても進歩はありません。私達の文明社会も、長い年月にわたり数多くの先人達によって蓄積された「情報資産」のおかげで、現在の姿があるのです。それは、企業・団体の事業活動においても全く同じです。


実践経験は「情報資産」として蓄積・活用・継承する。
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