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第4講 写真は真実か

更新日:2019年3月1日

百聞は一見に如かず! 言葉を用いた表現だと、発信者と受信者の間で認識が異なり、意図や内容に何らかのズレが生じがちです。一方、写真だと一目瞭然で、一瞬にして多くの情報が明瞭に伝わります。だとしたら、写真はシャッターを押すだけで真実を映し出すことのできる簡単便利な表現方法ですよね。はたして本当にそうなのでしょうか?


ジョージアの首都トビリシで訪問したレストランのワインセラーです。ジョージアはワイン発祥の地として知られ、地中に大きな陶器の壺を埋め込んで醸造する「クヴェヴリ」と言う伝統製法が特徴です。蓋を開け、棒の先に付けたひょうたんを中に入れてワインを汲み出し、陶器のお椀に注いで頂きます。ジョージアのワインはイタリアとフランスに次ぐトップ3に数えられているそうです。日本でワインを飲まれる際、産地にも注目してみてください。

現地法人初のパンフレット

1991年に前職でオランダ現地法人が設立されました。社員はまだロンドン駐在でしたが、新会社の営業用パンフレットを作成することになりました。現地採用の英国人エンジニアが主担当で、私はその補佐を務めました。同じ内容で英・独・仏3箇国語版を独立冊子に構成するため、写真やロゴなどフルカラー部分は同じ配置にして3色のフィルムを共通で使い、本文の黒色フィルムだけを英・独・仏3種個別に用意するなど経費削減を図りました。


商材は建設機械ですから、最後のページに実際の建設現場で活躍している製品写真を掲載することになりました。しかし、当時はまだ採用実績が少なく、写真を選り好みできる状態にはありませんでした。2~3枚を掲載したのですが、その中の1枚が物議を醸します。


"ありのまま" の是非

機械の用途は、鋼鉄製の板(鋼矢板)を油圧力を用いて地中に押し込み、地盤を横方向に支える壁(擁壁)や土砂の崩壊を防ぐ壁(土留め壁)などの地中連続壁を建設することです。既に施工が完了した鋼矢板3枚の上に乗って油圧力で押さえると、次の鋼矢板を吊り込んでつかみ、新たに押し込みます。その途中で尺取虫のように機体を前進させ、連続的に作業を進めていきます。一連の動きは、全てラジコンによって遠隔操作される優れモノです。


さて、問題になった写真の内容です。地中に押し込まれた3枚の鋼矢板に機体が乗っている状況は通常通りです。ただ、機体の天辺に付いている吊りワイヤにはクレーンのフックが掛かっていました。実はこの機械は欧州市場専用に開発した新型機種で、日本国内より薄くて幅の広い鋼矢板に対応できる仕様となっています。機体を据える鋼矢板が薄くて弱いため、安全を期して現場判断で補助吊りしていたのです。


ジョージア国の首都トビリシを離れ、古都ムツヘタを訪ねました。丘の上には5世紀に建てられたジワリ修道院(ムツヘタ聖十字聖堂)があります。登ってみるとミサが行われていました。ちなみに、1994年に認定されたユネスコ世界遺産です。

その写真の不適切部分について指摘した人物は、他ならぬ当該現地法人のトップたる初代社長でした。


「クレーンで吊らずに作業できることが製品の大きな特長の一つ。何故わざわざ吊った状態の写真を使うのか。」


それに対し、英国人エンジニアの主張はこうでした。


「施工現場ではこれが現実、ありのままの姿だから、そのまま見せても何ら問題はないはずだ。」

真実はつくるもの

初代社長は、ロンドンに赴任される前、日本国内で製品営業のトップ(取締役部長)を務めており、会社の理念や方針はもちろん、製品にまつわる様々な思想についても十分精通されている方でした。


1枚の写真にまつわる価値判断の差は、自社開発製品を商材とする機械メーカーの感性と、工事という役務を商材とする土木技術者の感性の違いだったのです。


土木エンジニアが言うように、撮影した瞬間はその時の現場状況を "ありのまま" に映し出しているかもしれません。現場運営の立場から、補助吊りによって安全性が確保できますよと、取って付けたアピール心もあったのでしょう。


しかし、初代社長が指摘した本質は、「このパンフレットの中で表現すべきモノ、見てくださる方々に伝えるべきモノは何なのか」ということなのです。"ありのまま" であろうがなかろうが、それ自体は何の意味も持たないのです。顧客に認識して欲しい "あるべき姿" が表現されているか否かが価値判断の全てです。"真実" とは元々そこに在るものではなく、私達が意思を以て表現して初めて、"真実" が誕生するということなのです。


"あるべき姿" の創り方

カメラのファインダー越しに覗いた世界が決して真実とは限りません。なぜなら、写真によって切り取られる姿は限られたほんの一瞬の、しかも特定の角度からだけの姿なのです。写真を見る方々には、撮影された空間的状況や前後の時間的脈略が分かりません。受け取ることのできる情報は、切り取られたフレームの内部にしかないということです。使用された時から、写真は単独の情報媒体として独り歩きを始めるのです。


エンジニアの発した "ありのまま" とは、その場に立ち会った人物、もしくは工事を運営・管理する当事者だけに通用する発想です。従って、後から写真だけを見る方々にとっては、全く関与し得ない概念です。関知できる事柄は、写真で表現されている情報だけです。


パンフレットで使った現場写真の例では、①そもそも写真撮影の機会が少なく限定的、そして、②撮影者が最適な撮影環境をつくらなかった、という2点が対処・克服すべき事柄だったということです。写真撮影においては、シャッターを切るその1枚で何を表現すべきか、何が表現できるのかを "企画" しなくてはなりません。シャッターを切るまでの "準備" で成果の8割以上は決まると心しておくべきでしょう。


例を挙げるなら、天候、光の角度、被写体の状況、現場の環境整備、撮影者の立ち位置、撮影機材の選定、照明機材の選定、被写体との距離、撮影する角度、技術的な各種設定など、かなり高度かつ専門性の高い技能が要求されます。そうでなければ、カメラマンという専門職種は存在していませんよね。


ただ、彼らカメラマンは "撮影のプロ" であり、決して "被写体のプロ" ではない点を肝に銘じておいてください。被写体を自社開発製品だとすると、その被写体について一番深く知っている人物は、企画開発した当事者、または開発を命じた張本人(大方は社長、少なくとも開発・販売する会社の幹部社員)だからです。つまり、写真が "あるべき姿" の表現手段である限り、撮影というメディア制作の技術以前に、その本質や魅力を十分知る人物が「情報企画」しなければならないとうことです。これは20世紀のフィルムカメラ時代でも21世紀のデジタルカメラ時代でも、何ら変わることのない要諦です。


日本に帰任した後ですが、その観点に立って2006年9月に『写真撮影ガイドライン』という全24ページの小冊子を作成しました。メディアクロス戦略に基づいて各種広報資料を体系的に運用すべく、それらメディアの制作手法を仕組化した時です。欧州・アジア・アメリカの各海外事業所向けでしたので、実際に写真撮影する現地採用社員が読めるよう、最初から英語で書き起こしました。これも「情報資産」の一つですね。何年もした後に、後輩社員達によって同等の日本語版撮影マニュアルが国内向けに作成されたようです。


写真は特定の意図を実写化する高度な表現媒体である。

<番外編>

余談ですが、 趣味で各国のモーターショーなどに出向き、スーパーカーの写真を何千枚も撮影しました。人気車種の周りは常に人だかりですが、車体をレンズで歪めず撮影するには少し離れなくてはなりません。すると車との間に見学者が割り込んできます。自分だけの撮影会ではありませんので「邪魔、どいて」とは言えません。ただただ人波が途切れる瞬間を待ち続け、一瞬のチャンスをものにします。


車(被写体)とカメラ(撮影者)の間に割り込む人物だけでなく、車体に映り込んでしまう人物にも注意が必要です。写真をご覧になる方に、その日の込み具合なんて関係ありませんから。美しい車体に怪しいオヤジが映り込んでいたら、魅力的なデザインも台無しです。


屋外で撮影する場合、周りの建物や樹木も車体に映り込むので、撮影場所や撮影角度などの工夫が必要です。当社の社用車を撮影した際は、高知市内で広い場所を4箇所ロケハンしました。写真1枚を撮影するにも、なかなか "やくがかかる" ものです。


※残念ながら "やくがかかる" は土佐弁みたいです。

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