第1講 もう一つの年齢

最終更新: 2019年3月1日

あなたの御年齢は?多くの方が誕生日から今日まで生きた年月(満年齢)を答えますよね。自然人としての "生体年齢" とでも言いましょうか。他にも "精神年齢" や "血管年齢" など馴染みの年齢表現は幾つかあります。記念すべき第1講は、私がロンドン赴任間もなくして発見した "もう一つの年齢" のお話です。


ロンドン発祥の地でもあるシティの中心地・バンクです。欧州有数の金融街も週末は完全にOFF状態。神殿のように立派な建物は旧王立取引所で、現在は高級ショッピングモールです。しかし、週末は"閉店ガラガラ"でした。

ソフィー先輩は小学生

入社1年目でロンドンに赴任すると、半年間は語学研修を兼ねたホームステイ生活でした。ランドロード(大家)は庭付き一戸建ての自宅に仕事場を構えるデザイナーで、上品な奥さんと明るい娘さん2人が同居する4人家族でした。特に当時小学生の次女ソフィーは私を気に入ってくれたみたいで、彼女のママゴト遊びによく誘ってくれました。


シティにあるロイズ保険組合の本社ビル。設計者はパリのポンピドゥーセンターで有名になった英国人建築家のリチャード・ロジャースです。

ソフィーとは倍以上の年齢差がありましたが、私との会話で主導権を握っているのは常に彼女の方です。大人が子供の相手をする構図ではなく、対等もしくはそれ以下の存在として、終始私が "遊ばれている" 状態でした。


私の頭脳と人生経験が小学生に劣っている訳はありませんが、私の "生体年齢" や "精神年齢" は、ソフィーとの関係性において何の意味も持たなかったのです。


ソフィーが主導権を握れた理由、それは「言語コミュニケーション能力の差」に他なりませんでした。


当時日本の大卒社員なら、最低でも8年間は英語を学習しています。しかし、私が受けた1980年代の英語教育は日本伝統の文法を中心とするカリキュラムです。


英会話だけに焦点を当てれば、前職入社後に1箇月弱学んだ私へ、その100倍程のキャリアを誇るソフィー先輩は、容赦なく英語のシャワーを浴びせかけてくださいました。当時2人の間には、大人と子供("生体年齢"と逆転)ほどの能力差があったのです。


社会生活における年齢

無人島で独り生活するならともかく、多くの他者と関わる社会生活を営む限り、言語コミュニケーション能力、つまり情報伝達力は極めて重要な実技の1つです。ちなみに、言語とはその社会で共通認識されている "意味の記号" であり、音声・文字・手話など個人の状況に応じて様々な表現形式が用いられます。


ロンドンというイギリスの地域社会に身を置くなら、共通言語は英語(British English)になります。英語による情報伝達力の行使レベル、それがイギリス社会の構成員としての序列を決定付けるのです。仮に "情報年齢" と呼びましょうか。


日本国内で生活していると、ほとんどの場合で「生体年齢=情報年齢」です。異国・異文化の地で両年齢が大きく乖離した状態に初遭遇し、"情報伝達力で社会的年齢が決まる" という現実に気付かされました。"情報年齢" が幼稚園児なら、いくら "生体年齢" が大の大人であっても、幼稚園児と同じレベルの社会的存在にしかみなされないのです。


四半世紀経った今でも、ソフィー先輩は小学生のまま私をママゴト遊びに誘ってくれます。他愛もない出来事なのに、あの頃の情景が鮮明に焼き付いて私の脳裏から離れません。


社会的年齢は情報伝達力で決まる。